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北海道平和委員会が編集・発行した、『北の被爆者』全3集の在庫があります。今はもう、亡くなられた方もいらっしゃいます。北海道内の平和委員会の方々が北海道の被爆者からお話を聞き、まとめたものです。残りわずかです。被爆の記録を次の世紀に語り継ぐため是非ご購入下さいますようご案内いたします。 |
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| 北の被爆者 −被爆40年に憶う−《目次》 | 頒価 800円 (1985.11発行) | |
| はじめに | ||
| ふたたび被爆者をつくらないために | 北海道被団協事務局長 | 西条 繁雄 |
| ■東貴雄 | 坂野井 富貴子 | |
| ■一生懸命生きてきた40年 | 高橋 二三 | |
| ■木版画家として生きる | 平方 亮三 | |
| ■十勝おりづる会の一人として | 中村 悦雄 | |
| ■北の被爆者 | 定安 正己(雪子) | |
| ■死の淵をのぞいて | 越智 晴子 | |
| 短歌 | 後神 尊子 | |
| あとがき | ||
| 資料 | ||
| ■原子爆弾被害者の基本要求 | 日本原爆被害者団体協議会 | |
| ■「ふたたび被爆者をつくらない」ための国民署名 | 日本原爆被害者団体協議会 | |
| ■ひろしまから世界の人びとへの呼びかけ | `85年原水爆禁止世界大会国際会議 | |
| 北の被爆者 −被爆43年のいま−《目次》 | 1,000円 (1988.7発行) | |
| はじめに | ||
| 「北の被爆者第2集」発刊によせて | (社)北海道被団協会長 | 越智 晴子 |
| ■遠い過去のできごとではありません | 後神 尊子 | |
| ■私も母とつながる被爆者 | 後神 世紀子 | |
| ■本当に語り継ぐしかない | 伊藤 元枝 | |
| ■人類は原爆に対して何ができるか | 米永 碩男 | |
| ■特別認定第1号(道)被爆者として生きて | 鹿子畑 ミヤ | |
| ■被団協とともに歩んで | 西条 繁雄 | |
| 新体詩 | 杉山 城岳 | |
| 鹿子畑さんの主治医として | 田中 修市 | |
| 定安正己さんの御訃音に接して | 北海道平和委員会 | |
| あとがき | ||
| 資料 | ||
| ■被爆当時の広島の地図 | ||
| ■被爆当時の長崎の地図 | ||
| 北の被爆者 −第3集−《目次》 | 頒価 1,200円 (1992.3発行) | |
| はじめに | ||
| 「北の被爆者第3集」発刊によせて | (社)北海道被団協会長 | 越智 晴子 |
| ■原爆に両親・弟妹を奪われて | 宇梶 耀一 | |
| ■四十六年前の広島 | 田中 彰 | |
| ■あんなことは二度とあってほしくない | 瀬戸 孝代 | |
| ■二度と地獄は見たくありません | 穴井 学 | |
| ■自分は正気なんだろうか | 渡辺 信江 | |
| ■今も、広島へはいきたくない | 鳥谷部 キク | |
| ■すこやかに育てよ子等よ戦いに 若き命を散らすことなく | 三本木 郁 | |
| ■米永碩男氏の御葬儀に「お別れのことば」 | 越智 晴子 | |
| ■今ふりかえる四十七年 −日本被団協結成大会と世界への挨拶− | (社)北海道被団協副会長 | 安井 晃一 |
| あとがき | ||